みそっかすの放浪日記

みそっかすな三十路の女が色々な事にチャレンジします。主に旅日記や、雑記ブログです。

2020年ブラック企業で起きた出来事を時系列でまとめる

私は東南アジアの日系サービス業で現地採用として働いて1年2か月が過ぎた。本当は国を明かしたいが万が一、狭い日本人コミュニティに自分だとバレたら・・一気に噂が回り、この国にいられなくなる可能性もあるので伏せる。日本社会は海外でも恐ろしい。

今日は昨年わが社で起きたトラブルや出来事をまとめてみようと思う。

3月~4月 政府の指示により2週間ロックダウン

テレワークとなる。これがずっと続けばいいのにと思っていたが2週間で終わりがっかり。テレワーク中で気が抜けたリーダーのフィリピン人社員が寝坊し、客に迷惑をかける。(後に追及したが私はやっていない!と絶対に否を認めなかった。)

5月~6月 ロックダウン明け


狭い事務所で飛沫を飛ばしながらロックダウン明けを喜び騒ぐフィリピン人社員にうんざりする。

7月 フィリピン人社員退職勧奨を迫られ自己退職。

フィリピン人社員が人間関係で揉めだす。A社員が引き起こしたある出来事が発端で、どえらい揉めだし、何度も話し合いを繰り返せどまとまらず、とうとう社長まで仲裁に入る。
しかし、社長に人をまとめる事も仲裁する能力もなく。なぜかAが組織を乱した元凶としてAは味方、居場所を失い、最後には、解雇(給料なし、1か月Visa保証なし)かいますぐ自己都合退職するか(給料と1か月のVisaは保証)選択をせまられ、その日に退職。
本当にAは悪者だったのか定かではない。A退職後のfollow、顧客への説明は言うまでもなく日本人の仕事。Aは会社(社長)に消されたと言える。
この時はまだ気づかなかったが、社長は気に入らない者は権力を駆使して自ら辞める様に仕向けて来る。Aのもめごとを報告したのが社長のお気に入り社員だったのも大きい。
誰も論理的に物事を判断ができず、感情論と極論で物事を進めていくフィリピン人と我が社長。痛々しい。

9月 フィリピン人社員突然退職。

こいつは元々ずる賢く文句の多い奴だった。持病を理由に休んだりして水面下で就職活動をしていて、辞めると言い出したのが退職の1週間前。しかも連休前。本人は周りに大迷惑をかけているのも関わらず全く自分は悪くないと思っているハートの強さ。ある意味見習いたい。

10月 呪いが原因でフィリピン人社員異動願い

あるDという社員が異動を相談する。Eという社員が自分を呪っており、最終的には自分を殺すことが目標だそうで、Eから離れたいという涙ながらの訴え。およそ信じられない話。肌の不調も何もかも全てEの呪いのせいらしく、親に紹介された祈祷師に多額のお金を払いお祓いしてもらっても直らないらしい。そしてEは他の社員のお金を盗んだり、着ている服をくれと言ってくる等Eはかなり性格が悪く、実はめちゃめちゃ嫌われていることが判明。
Eが原因で皆が辞めたがっているらしい。
Eはちなみに顧客人気満足度No1の社員で仕事はよくできるんだよなぁ。
フィリピンでは一部の部族が呪いや魔術てきなものを行っていることもあることから割と皆信じているらしい。もう勝手にしてくれ。

10月末 フィリピン人社員突然退職を言い出す

全くのノーマークだった社員が1か月後に辞めると突然言い出す。3回目になってくると驚くこともなくなるがやはり突然の退職は心臓に悪い。原因は上述のEと会社に対する不満と言われているが真相はよくわからない。

11月頃 社長のメンタルが崩壊しだす

コロナのせいか、売り上げが激減したからか、長年勤めていた日本人男性スタッフが辞めたからか、海外出張がなくなり、行き場を失った社長が始めた事は監視カメラでの社員監視強化(前から監視はしていた)に加え、現場への介入。呆れるのはお客様向けメールの1文1文チェック。
自分が送信前に添削する!というが添削したメールが日本語間違いだらけ。
助詞の使い方おかしい。性格と一緒で文章もクドい。客にお世話になります、禁止。こんにちは!(ビックリマーク含む)の統一。
電話を少しでもデスクに置きっぱなしにしていたり出なかったりすると執拗に攻撃。秋ごろからパワハラも開始。ありとあらゆることを社員のせいといわんばかりに電話で責め立ててくる。コールセンターのクレーマーと同様、顔が見えない相手なのでかなり強気に攻めて来る。
コロナで皆の精神がおかしくなったと言うが一番情緒不安定でおかしくなったのは当人という事に気づいていない。

12月 日本人同僚警告書&退職勧奨を迫られ年内で退職

同僚がある出来事で社長を怒らせてしまった。本人が謝りたいと言っているにも関わらずも無視し、一方的に警告書をつきつける。
この警告書制度も日本ではありえないだろう。
ちなみに2枚くらうと給料なしの解雇だ。
その後、もう耐えられなくなった同僚が突然日本に帰国を決意。恐らく彼女は2週間ほどで帰国を決めてしまった。
しかし更に事件。
突然、社長が同僚に研修をするので年始に本店に来いと言い出す。
本人や周りも辞める人間に研修をさせる意味が全く分からず、断ると、今すぐ辞めるか、本店で研修をするか今日中に選べ、とまたお得意の二択をつきつけ、不本意に年内での退職を選択させられた。

社長は同僚が前から気にいらなかったのは知っていたので、これを機に追い出したかったのだろう。相手に徐々にダメージを与え、自分の手は汚さず相手を自己退職に持っていく。いくら海外でも解雇通告を出すと、色々と後に面倒だからだろうか。やり方が本当に汚い。
日本人社員は今までほぼ全員が社長が原因で、1年そこらで辞めている。
あまりの傍若無人に言葉もないが、海外で設立した会社だからこんなに職権乱用で好き勝手できるのだろうか。従業員は無力すぎる。
しかしながらこんなクソ会社でも悔しいが今は生活の為に辞められない。少しづつこの会社がいかにブラックか、ここで明かしていきたい。
精神を病む前に、ブラック企業をネタにしながら内部から破壊していきたいと思っている。

 

 

2020年海外日系ブラック企業で生き抜いた1年

私は2019年の秋に今の会社に入社した。

日本人スタッフは自分ともう1人の日本人しかいない。周りはフィリピン人とベトナム人スタッフ。海外の企業なら日本人はそもそも少なく多くの現地部下を抱えることになるのが普通だが。

昨年1年本当に職場で色々なことが盛りだくさんに起きた1年であり、知れば知るほど自身の会社がブラックである事に気づいた1年だった。海外まで来て、とんでもない会社に足を突っ込んでしまったのは否めない。年末まで同僚の退職の件で社長とひと悶着あり、一体どれだけネタを作るんだこの会社。一緒に1年頑張ってきた日本人同僚が昨年いっぱいで退職(社長に退職勧奨され)となり今年から1人勤務体制となる。正直不安がないとは言わないが、やるしかない状況である。正直客には悪いが、この会社なんて早く潰れろと毎日思っているし会社の為に、社長の為に頑張ろうとは一切思っていない。すべては自分の将来の為。

クソパワハラ社長に負けたくない。フィリピン人社員にあいつはやっぱりできないと思われたくない。この会社で働いた経歴を作って次の転職に繋げたい。もう意地で続けるようなもんだ。続けながら水面下でいつでもやめる準備だけしておくつもりだ。

正直フィリピン人社員はゴシップ好きでミーハーが多く信用できない。味方だと信じていた社員に、社長の不満や弱音を吐いたところ、それを全て社長にチクられ裏切られた。だからもう信じられない。

でも味方だと思える人も少なからず1人いる。ベトナム人スタッフだ。たった1人でも味方がいれば乗り越えられることを私は今までの経験で知っている。

海外就職を夢見る人も多いだろう。しかし海外就職は労働環境が整っていないこと、問題があっても日本の法律は適応されないし相談先がない。うちの会社も日本ならアウトな契約条件が盛り込まれている。想定外のことが起きる事(停電、社員の突然退職等)、現地社員の文化の違い等問題に向かい合わないといけない事等枚挙にいとまがない。それはうちの会社だけじゃないだろうが。生活していても色々ある。そして昨年はコロナがあった。すべてが思い通りにいかなくなった。

のんびり言われたことだけやってゆっくり働いて海外でアフター5を楽しむ生活は・・難しい。

私もまだまだ精神的に甘いし弱い部分が多いが、海外生活はやはりガッツがいる。本当にそう思う1年だった。ここを乗り越えたい。自分には乗り越える力があることを信じたい。

2021年、戦いの年である。

職場崩壊が起きている話

詳しい事を話すとベトナム在住日本人に職場を特定されてしまう可能性がある為詳しくは書けないが、伝えたい。向井秀徳じゃないが、貴様に俺のこの気持ちを伝えたい。

私はベトナムにいるが、フィリピン人、ベトナム人、日本人と働いている。

 

入社当初から、何やら騒がしい職場だな、と思っていた。

フィリピン人は明るく、陽気で、騒がしい。

皆根はやさしく、カトリック教徒が大多数を占める国民性か、助け合う精神が根付いている。よく何かしら、うまそうなものもまずそうなものもこちらに分けてくれる。(Sharing is lovingらしい。はぁ。)

楽しむ時は全身で楽しみ、奇声を上げる、よく言えば情熱的な人たちだ。

 

ただ、今年に入り、何かが静かに崩れ落ちてきている。

夏以降、何かがおかしい。

夏。フィリピン人同僚が人間関係のトラブルから突然辞めた。

なんか揉めてるなぁと思っていたらその人は1週間程で辞めてしまった。

 

そして9月にまた1人突然辞めた。

更に今月も1人辞める。

つまり2か月に1回のペースで人が辞めている。

この3人に共通しているのが、自爆テロの様な、前触れなく実行する辞め方ということ、そして人間関係のもつれがどうやら関係している。

 

大半がぎりぎりになってから辞職を切り出してくる(就業先の契約書ができて本格化してからこっちに言ってくるパターンが多いのでこちらとしては急に言われても対処しきれない。本当に勘弁してほしい。

 

やめるのは人の勝手だ。皆人生を選択する権利がある。

精神を崩してまでいてほしいとは言わないが、去り際については奴らは考えないのだろうか。

決断し言い切った者は開放され、こちらのことなどもうおかまいなしだ。

立場上、彼らが辞めると、尻拭いはマネージャーポジションである日本人が請け負うこととなる。

何度彼らの代わりに顧客に頭を下げ、謝罪してきたことだろう。

やりきれないが、これも仕事だ。

 

どうやら一部のフィリピン人は、一度相手を嫌いになると周りに嘘をふきこみ、その相手の評判を落としたり、周りに混乱を招くということを自ら平気でするらしい。まるで高校生、というか、韓流ドラマだ。

自ら韓流ドラマの悪役アジュンマを演じている。

私を裏切ったとか裏切ってないとかで泣きながら言い合いになったり、

話し合おうと泣きながら話し合ってもどちらも妥協しないので喧嘩は解決しない。

自分は絶対に悪くない、悪いのは周りというのを平気で主張する。

それを聞くたびに言葉を失う。

 

信じがたいがフィリピン人と働くと揉め事は日常だ。

もうもめごとはこりごりだと言いながら、次はどんなトラブルが起きるか、彼らは求めいてはいやしないか?と時々思う。

 

彼らとうまく渡り合うにはどうしたらいいか、答えを見いだせないでいる。

 

 

インビザライン9個目突入

さて、大学病院で親知らずを抜いた次の日病院へ行って上の歯を2本抜き、そのままインビザラインを装着スタートとなった。

通常日本だと親知らずを抜いて1週間程経過してから矯正器具をつけるらしいのでかなりタイトなスケジュールだったようだ。

 

色々なブログで装着時、外す時、就寝時も痛いと聞いていたがそこまで痛みもなく、今9個目まで進んでいる。

今では着脱も手慣れてきた。

周りも慣れてきた様で目の前で手を覆いながら着脱してもありがたいことに同僚は何も言わない。むしろ、トイレ行かないでここで外していいよと言ってくれる。

これが日本だとダメだろうなぁ。

 

9個目からはいよいよ私の鋭い凶器の鋭い出っ歯が引っ込んでくるらしいので期待が高まる。確かに、今回から前歯が締め付けられ、外す時も若干痛い。

 

病院にもそんなにしょっちゅう通わなくていいので(数か月に1回)楽でいい。

ただ、諦める気はさらさらないが、歯の隙間を数か所削っているため、そこからごっそり食べ物が歯に挟まるのが本当に不快だし、食べた後糸ようじ+歯を磨ないといけない、入れ歯が汚れてくるため入れ歯も歯ブラシで磨かないといけないのが本当に時間がかかるし面倒くさい。ポリデントの様な便利な洗浄液もベトナムでは手に入らないし・・海外在住の人はどうやって手入れしてるんだろう。

 

食べている時以外ずっと装着しないといけないというが、友人と会っていたり集まりの時は数時間は普通に外している。

 

予定通りいけば来年5月で終わることを祈るばかりだ。

9個目という事は、10日で1回ペースで変更するのでまだ装着して1か月半・・。

道はまだ遠い。

 

ベトナムの医科大学で親知らずを抜いた話

8月、インビザライン歯列矯正をすることを決めた。

矯正をするにあたり、私の場合親知らずを全て抜く必要があった。

上の歯は簡単なので歯医者さんで抜いてもらえるが、下の歯は私の場合斜めに生えており、口腔外科で抜いてもらわないといけないということだったので、ハノイ医科大学で抜いてもらう様言われた。

日本で大学病院に行ったことがないが、日本で診察する場合、紹介状や予約が必須。予約もなかなか取れないらしいが、ベトナムの場合、直接そのまま行けるらしい。

ベトナムの学生達は歯を抜くのが得意だからすぐ抜いてくれますよ~と言われた。

 

ローカル病院に一人で行くのは不安もあったが、とりあえず誰も頼れない為一人で行ってみた。この記事が誰かの参考になれば幸いだ。

コロナ禍の為、入場制限もあるかもしれないと聞いていたがそんなことはなかった。しかし多くの患者なんだか付き添いなんだか人があふれていた。

見渡したところ外国人らしき人は見当たらない。とりあえず入口の警備員に開口一番ベトナム人ではないことを伝えたところ、受付まで案内してくれた。

受付では外国人が来たことであからさまに困惑していたが、とりあえず用紙に必要事項を記入して、口腔外科に行きたい旨を伝えた。指定された場所に向かう。

どの様に待つのかもわからなかったので、様子をうかがってから隣に座っていたおじさんに聞き、診察室の中に入って話をしてくれた。

どうやら受付でもらった書類を、中に入ってとりあえずドクターに渡す様だ。そこで、今日はどうした、どんな症状か、を英語で聞かれ、下の親知らずだけを抜いてほしいことを説明した。上の歯も一緒に抜いてあげるよと言われたがとりあえず下だけお願いする。そこから、レントゲンを撮り、お金を払ってから診察開始。

特に大幅に時間を待たされることなく、スムーズに進んだ様に感じる。

日本の病院だと何にいくらかかっているか終わってからでないとわからない一方で(点数見てもよくわからないし)ベトナムの病院は全てレストランのメニューの様に、施術の料金表を見ながら料金を確認できる明瞭会計システムなので、そこはいいなと思う。

ドクターが「これはかなり難しい」とか言ってたので不安になったがここまできたらドクターwith医科大助手の学生たちを信じるしかない。とにかく痛くしないでくれ、とだけお願いした。施術前に、何があっても責任はとらないとかそんなことが書かれていると思われる、何が書かれているのかよくわからない誓約書にサインして、いざ診察台へ。

 

ベトナムで使われている麻酔針は日本のより太い為、確かに刺されている時は鈍い痛みを感じた。そこから40分位かかっただろうか。予想通りすっぽり抜けず、歯を砕いて歯茎を切って、少しずつ掘り起こしていく。

学生助手2名とメインのドクターと3人がかりで行っていたのだが、1人は私の顔をずっと押さえていた(笑)

あと、私の上半身にタオルを敷き、そこに器具をボンボン置いていく。雑!

台使ってよ。

そして、学生たちは時に談笑しながら私の歯を削っていく・。何というか日本の病院じゃあり得ない、この緩さ。とにかく口を開け続けて、つばが溜まっていくのが息苦しかった。ドクターには鼻で呼吸しろ、痛かったら手をあげろと言われ続けた。

麻酔の効果でよろめきながら、(なんというか血の気が抜ける感じ)なんとか終了。ドクター曰くかなり大変だったそうだ。

あとは院内の病院で薬を大量にもらった。親知らずを抜いただけなのに5種類位のよくわからない外国産の薬が1週間分+リステリンみたいな液体も入っていた。よくわからない・・ちなみに病院はカードが使えないので現金を十分に持っていくことをおすすめする。

私は想定外のレントゲン代と薬代でお金がぎりぎりだった。

 

術後、鈍痛と頭痛に襲われその日は眠れなかった。痛み止めの飲みすぎと病院からもらった薬の副作用で吐いたり、胃がやられた為、病院の薬は飲むのをやめた。

あとからベトナム人の同僚にきいたところ、ベトナムのドクターは薬を大量に処方するのが普通らしい。

2、3日後は鈍痛もなくなりすぐに元に戻ったが、インビザラインの矯正の痛みより親知らずの痛みの方が何倍も辛かった。

 

レントゲン代 500,000VND(2500円位)

親知らず下の歯1本 3,000,000VND(15,000円位。高い)

薬代 210,000VND(1,000円位。高い!)

 

歯列矯正(インビザライン)を始めました

私が海外就職をしたかった理由の1つに歯の矯正がある。

単刀直入だが私は出っ歯だ。

上の歯2本が凶器の様に出っ張っている。

友人や家族はそこまで出ていないとか出っ歯の芸能人は皆成功しているとか明るい等気を使ってくれるが、私はこれが幼いころからのコンプレックだった。しかし我が家は低所得家庭だったので矯正をさせてもらえる金がなかった。

社会人になってからも矯正は金がかかる理由で決断できなかった。

そう、日本で矯正をやろうと思うと金具矯正でも100万はくだらない。

なのでアジアに就職したら絶対やりたいと思っていた。

アジアなら日本よりも安く矯正ができるからだ。

金具矯正なら金具の質の種類によるが15万~30万円、インビザラインだと60万位でできる。

実はこの夏から既に矯正を始めている。

 

ベトナムの歯医者には3種類ある。

1、完全ローカル歯医者

2、ちょっとお値段高めのローカル歯医者(外国人も多く通うので英語や日本語通訳がいたりする)

3、日系、外資系歯医者

 

日系歯医者は日本クオリティーの技術を受けられるが診察料が高いので2の外国人も通うローカルに、歯石取りついでに相談してみた。

ちなみに歯の相談をするために歯のレントゲンを撮られたのだが、レントゲン代がキャンペーンか何かで無料だった。

相談したところ、金具矯正、インビザラインどちらを試しても歯を計7本(上下前から4番目の歯4本)+親知らず3本)抜かないとできないと言われ、ショックで固まった。。

前歯以外の歯並びは悪くないと思ってたし、まさか普通の歯まで抜くとは想定していなかったからだ。

インビザラインは、歯を残して矯正できるとネットで書いてあったけど、そんなに抜かないといけないの?日本語通訳のお姉ちゃんを通してもう一度聞いても結論は変わらない。

「あなたの歯はガタガタ。歯が多いです。そして出っ歯です。だから抜かないとだめです。」の、どストレート回答の一点張り・・

「私も矯正の時、歯を7本(本数忘れた)抜きました。でも大丈夫です。」と金具がついた歯を見せてくれたお姉ちゃん。もう3年も矯正具をつけているらしい。

ベトナム語ができないので詳しい説明が聞けないのが歯がゆい、かといってお姉ちゃんの日本語も難しい話になると理解ができない・・

ちなみに親知らずは別途費用が必要だが、普通の歯を抜くのは無料と言われた。無料でも嫌だ。

 

かなりやる気になっていたところに歯を7本抜くという現実がショック過ぎた。しかし疑わしい、本当にそんなに抜くのか?周りに話してもそれはおかしいと言われ、日系歯科にセカンドオピニオンへ。。(めんどくせー)

何件か見積もりお願いして、その中で信頼できそうな歯科へ相談のみで伺う。

結果は私の場合は、親知らずは抜かないといけないけど、普通の歯は抜かなくていいとのこと。(金具はやっぱり普通の歯も抜かないといけないらしい。)インビザでも7本抜かないとできないのは間違いですよ~とのこと。

昔の日本も歯を抜いてお金を稼いでいたのと同様、ベトナムの歯医者さんも歯を抜くことでお金を稼いでいるらしい。

インビザラインに関してはローカルも値段は大体変わらないし、何よりも無駄に歯を抜きたくないので日系でお世話になることに決めた。

費用は120,000,000VND(何回かに1回の検診や歯を削るのは料金に含まれる)

日本円にして58円位。2分割払い可能。

親知らず抜歯、リテイナー料金は別途。その他歯並びの具合によって料金は変わる。

インビザラインの場合こちらでやった方が安いと思っていたが、調べたところ、今日本でも激安と称して多くの歯科医で同じような値段又はそれ以下でできる様だ。ただ、日本だと毎回行くたびに診察料を取られると思うのだがこちらは料金に含まれているのでちょっとだけお得かな。

 

 

 

 

外資系ホテルでのリゾバ生活を振り返って(北海道編)

さて前回は2年の季節労働を経て、海外就職を果たしたことをお伝えした。

季節労働(リゾートバイトともいう)は行く先々で本当に色々なことが起きた。

サホロの某外資ホテルも。。外資なのでバイトと地元のおばちゃん以外ほぼ外国人(皆英語は正直言ってそんなにうまくない。でも英語環境に慣れてるから、めちゃめちゃ態度はでかい。)

英語を話したい人にとっては刺激的な職場だった。

私は調理補助で働き、色々なシェフのアシスタントについた。

色々な事をやらせてもらった。シェフのアシスタントについて、ランチとディナーの仕込み、ランチとディナータイムはブッフェのブースに入ってお客さんに料理を実演提供。休憩中以外ほぼ英語を使用してのやり取り。

最初はシェフの英語が聞き取れなくて(発音が悪すぎて)何をしてほしいのかわからなくて、よく一方的にキレられた。

そんな中で助けてくれたり仲良くしてくれる人も人もできて順調にやっていたころ、朝食担当の派遣の子が契約終了になる為、急遽その子の引継ぎで朝食担当に変わったのはきつかった。

派遣バイトはこんな感じで何でも柔軟に対応できないといけない。あとこのホテルの場合はスーシェフと呼ばれる二番手の人達の采配による。

スーシェフのマネジメント次第でホテル内部の働きやすさ、動きやすさが変わる為、ダメなスーシェフが担当になるとかなり振り回されることになる。

 

毎朝4時半起き、自分1人で、目玉焼き(片目焼き、両目焼き)、パンケーキ、オムレツ、フライドポテトを300人のお客+従業員(このホテルは変わっていて、従業員がお客と食事を共にするのを売りにしていた。)に提供し、暇になったらその他補充も回るというとんでもない役回り。無くなる前に焼きたし補充の繰り返し。欧米人は体がでかいので、一人でありえない量をかっさらっていく。あと、焼き方のこだわりにも対応しないといけない。中国系はカッチカチに焼くのが好みだったり、欧米系はオーバーイージーで焼いてくれとか。

毎日でかいオムレツを焼き続けたお陰で手首の腱鞘炎に悩まされた。

朝食が終わったら休む間もなく次の日の仕込みまでして一日終了。

このホテル、当時は残業代は一切出さない(シェフは全員10時間超え労働だが残業代は出ないと言っていた)ところだったので、何としても8時間の時間内に終わらないといけなかった為本当に休む暇がなかった。毎日汗だく、油の匂いをまといながら必死。そして毎日夜9時には就寝。 

正直ホテルのやり方に苛立ちもあったが、この時にどんな逆境にも耐える力、英語で外国人と働いた経験は確実に今につながっていると感じる。まぁそう思わないとやってられない。

世界各国のシェフたちとの交流はおもしろかったし、各国の料理を作るのは見ていても勉強になった。が、皆家庭持ちであるにも関わらずとんでもない女好きばかりで、隙あらばヤレる女を探していた。

実際スキーシーズンは全国から若い女が集まる為、彼らにとっては祭りである。

実際、数人はナンパに成功し、夜中に部屋に連れ込み、カーテン越しに寝ている相方に気づかれない様むつみ合いをしていたというから驚きだった。

まぁこのホテルに至っては毎年、毎回こんな感じなので驚くことではない。

特にインド人、トルコ人インドネシア人のシェフがダントツに狂っていた。

 

見た目は妙齢一応性別女、中身は性別不明、おっさんの私でさえ、2人のインド人にロックダウンされ、必死に口説かれたり、トルコ人のおっさんにはどさくさ紛れに手を握られたり・・思いだしても苦さしかない。

 

 

話は逸れたが、リゾバ生活は本当にどこに行っても乗り越えるべき壁があり、それを乗り越える度、精神的に強くなれた気がした。

たかが派遣バイトでこんなにも苦労するとは思いもしなかったけれど、しかしその土地でしかできないことができたり、たったその場限りだとしても貴重な仲間との出会い、仕事終わりに皆でお酒を飲んだり、毎日ネタの宝庫で飽きることがなかった。

 

今の生活は、海外就職という目標を果たしはしたものの、コロナ禍という状況のせいもあるといえ、いまいち刺激が足りない。いや以前が毎日いろんなことがありすぎて刺激が強すぎたのか、海外生活1年過ぎて目標を見失ってきている。

 

北海道は思い出深い土地なのでまた落ち着いたら遊びに行きたい。