みそっかすの放浪日記

みそっかすな三十路の女が色々な事にチャレンジします。主に旅日記や、雑記ブログです。

外資系ホテルでのリゾバ生活を振り返って(北海道編)

さて前回は2年の季節労働を経て、海外就職を果たしたことをお伝えした。

季節労働(リゾートバイトともいう)は行く先々で本当に色々なことが起きた。

サホロの某外資ホテルも。。外資なのでバイトと地元のおばちゃん以外ほぼ外国人(皆英語は正直言ってそんなにうまくない。でも英語環境に慣れてるから、めちゃめちゃ態度はでかい。)

英語を話したい人にとっては刺激的な職場だった。

私は調理補助で働き、色々なシェフのアシスタントについた。

色々な事をやらせてもらった。シェフのアシスタントについて、ランチとディナーの仕込み、ランチとディナータイムはブッフェのブースに入ってお客さんに料理を実演提供。休憩中以外ほぼ英語を使用してのやり取り。

最初はシェフの英語が聞き取れなくて(発音が悪すぎて)何をしてほしいのかわからなくて、よく一方的にキレられた。

そんな中で助けてくれたり仲良くしてくれる人も人もできて順調にやっていたころ、朝食担当の派遣の子が契約終了になる為、急遽その子の引継ぎで朝食担当に変わったのはきつかった。

派遣バイトはこんな感じで何でも柔軟に対応できないといけない。あとこのホテルの場合はスーシェフと呼ばれる二番手の人達の采配による。

スーシェフのマネジメント次第でホテル内部の働きやすさ、動きやすさが変わる為、ダメなスーシェフが担当になるとかなり振り回されることになる。

 

毎朝4時半起き、自分1人で、目玉焼き(片目焼き、両目焼き)、パンケーキ、オムレツ、フライドポテトを300人のお客+従業員(このホテルは変わっていて、従業員がお客と食事を共にするのを売りにしていた。)に提供し、暇になったらその他補充も回るというとんでもない役回り。無くなる前に焼きたし補充の繰り返し。欧米人は体がでかいので、一人でありえない量をかっさらっていく。あと、焼き方のこだわりにも対応しないといけない。中国系はカッチカチに焼くのが好みだったり、欧米系はオーバーイージーで焼いてくれとか。

毎日でかいオムレツを焼き続けたお陰で手首の腱鞘炎に悩まされた。

朝食が終わったら休む間もなく次の日の仕込みまでして一日終了。

このホテル、当時は残業代は一切出さない(シェフは全員10時間超え労働だが残業代は出ないと言っていた)ところだったので、何としても8時間の時間内に終わらないといけなかった為本当に休む暇がなかった。毎日汗だく、油の匂いをまといながら必死。そして毎日夜9時には就寝。 

正直ホテルのやり方に苛立ちもあったが、この時にどんな逆境にも耐える力、英語で外国人と働いた経験は確実に今につながっていると感じる。まぁそう思わないとやってられない。

世界各国のシェフたちとの交流はおもしろかったし、各国の料理を作るのは見ていても勉強になった。が、皆家庭持ちであるにも関わらずとんでもない女好きばかりで、隙あらばヤレる女を探していた。

実際スキーシーズンは全国から若い女が集まる為、彼らにとっては祭りである。

実際、数人はナンパに成功し、夜中に部屋に連れ込み、カーテン越しに寝ている相方に気づかれない様むつみ合いをしていたというから驚きだった。

まぁこのホテルに至っては毎年、毎回こんな感じなので驚くことではない。

特にインド人、トルコ人インドネシア人のシェフがダントツに狂っていた。

 

見た目は妙齢一応性別女、中身は性別不明、おっさんの私でさえ、2人のインド人にロックダウンされ、必死に口説かれたり、トルコ人のおっさんにはどさくさ紛れに手を握られたり・・思いだしても苦さしかない。

 

 

話は逸れたが、リゾバ生活は本当にどこに行っても乗り越えるべき壁があり、それを乗り越える度、精神的に強くなれた気がした。

たかが派遣バイトでこんなにも苦労するとは思いもしなかったけれど、しかしその土地でしかできないことができたり、たったその場限りだとしても貴重な仲間との出会い、仕事終わりに皆でお酒を飲んだり、毎日ネタの宝庫で飽きることがなかった。

 

今の生活は、海外就職という目標を果たしはしたものの、コロナ禍という状況のせいもあるといえ、いまいち刺激が足りない。いや以前が毎日いろんなことがありすぎて刺激が強すぎたのか、海外生活1年過ぎて目標を見失ってきている。

 

北海道は思い出深い土地なのでまた落ち着いたら遊びに行きたい。